厚生連理念

JA綱領
 ~わたしたちJAのめざすもの~

わたしたちJAの組合員・役職員は、協同組合運動の基本的な定義・価値・原則(自主、自立、参加、民主的運営、公正、連帯等)に基づき行動します。そして、地球的視野に立って環境変化を見通し、組織・事業・経営の革新をはかります。さらに、地域・全国・世界の協同組合の仲間と連携し、より民主的で公正な社会の実現に努めます。
このため、わたしたちは次のことを通じ、農業と地域社会に根ざした組織としての社会的役割を誠実に果たします。
わたしたちは、地域の農業を振興し、わが国の食と緑と水を守ろう。
わたしたちは、環境・文化・福祉への貢献を通じて、安心して暮らせる豊かな地域社会を築こう。
わたしたちは、JAへの積極的な参加と連帯によって、協同の成果を実現しよう。
わたしたちは、自主・自立と民主的運営の基本に立ち、JAを健全に経営し信頼を高めよう。
わたしたちは、協同の理念を学び実践を通じて、共に生きがいを追求しよう。

JA長野厚生連理念

JA長野厚生連は、
JA綱領のもとに医療活動を通じ、
組合員・地域住民のいのちと
生きがいのあるくらしを守り、
健康で豊かな地域づくりに貢献します。


行動目標

1.私たちは、医療に携わる者として、常に人間性を磨くとともに知識と技術の修得につとめます。
2.私たちは、地域のニーズを尊重し、親切で良質な保健・医療・福祉サービスの提供につとめます。
3.私たちは、組合員・地域住民の主体的な参加のもとに、労働組合とともに民主的な運営と健全な経営につとめます。
4.私たちは、農村医学と農村医療の確立と発展につとめ、農業と農村を守ります。
5.私たちは、教育・文化・地域活動を積極的に推進し、地域の信頼を高め連携強化につとめます。

理事長ご挨拶

本会は1950年に、販連、購連、農工利連の3つの連合会の統合に伴い農工利連の医療事業部門を継承して、長野県厚生農業協同組合連合会として独立発足いたしました。以来半世紀以上にわたり県下JAと一体となり保健・医療・福祉事業の発展に努めてまいりました。発足当初は、大きな欠損を生じ続けた医療事業だけに筆舌に尽くしがたい紆余曲折があり、多難な船出となりました。当時は全国的にも病院経営が困難をきわめ全国厚生連から脱退する県連が続出するなか、本会は「農民の医療は自分たちで守る」という強い信念のもと、農村医療危機打開に向け奔走された会員・組合員の協力と、役職員先人の辛苦と努力により難局を乗り切ることができました。

発足から70余年、医療・介護を取り巻く社会環境はその当初では想像できないほど変化し、組合員・地域住民の保健・医療・福祉へのニーズの高度化や多様化をもたらしています。絶えず変化をしていく今日の情勢を踏まえ本会は全職員の英知を結集し、厚生連理念である「組合員・地域住民のいのちと生きがいのあるくらしを守り、健康で豊かな地域づくり」の貢献に向け邁進することをお誓い申し上げます。

代表理事理事長洞 和彦

概  要

JA長野厚生連は、農村で病と貧困に苦しむ人々により自らの健康を守ろうと1950(昭和25)年に農協組織の一員として設立されました。以来、農村医療を中心に病気の予防と高齢者福祉への取り組みを通じて、安心して暮らせる豊かな地域社会の実現に努めてきました。

保健予防活動は、健康管理活動の発祥の地として長年の実践と地域一体となった取り組みにより健康で長寿な農村と地域の実現に貢献しています。医療活動は、本会の中核を成し、厚生連組織の総合体制による高度な医療技術と最新設備を導入した高度医療を提供しています。高齢者福祉活動は、超高齢社会に向かうなかJA・行政とともに積極的に展開し、誰もが住み慣れた地域で安心して、生き活きと暮らせる地域社会づくりを進めています。

本会では、JAグループ一体となって保健・医療・福祉を推進し健康で活気に満ちた農村と地域社会の発展を目指しています。


組織・機構図

名称
長野県厚生農業協同組合連合会
(JA長野厚生連)
代表者
代表理事理事長 洞 和彦
事業内容
保健、医療、福祉事業
設立
1950(昭和25)年8月
出資金
11,636,355千円
職員数
8,610人
主要事業所
佐久総合病院、浅間南麓こもろ医療センター、北アルプス医療センターあづみ病院、長野松代総合病院、北信総合病院、鹿教湯三才山リハビリテーションセンター、南長野医療センター、富士見高原医療福祉センター、下伊那厚生病院、本所
本所所在地
〒380-0826
長野市大字南長野北石堂町1177番地3
JA長野県ビル内
電話 026(236)2305

沿  革

令和2年8月現在

2020(令和2)年
JA信州諏訪から富士見高原医療福祉センターへ介護事業を移管
2019(令和元)年
下伊那厚生病院に下伊那厚生病院介護医療院を新設
2019(平成31)年
浅間南麓こもろ医療センター「こまくさ診療所」開設
鹿教湯三才山リハビリテーションセンター看護小規模多機能型居宅介護「おおぞら」開設
南長野医療センターとして篠ノ井総合病院・新町病院が経営統合
JA上伊那から富士見高原医療福祉センターへ介護事業を移管
2018(平成30)年
富士見高原医療福祉センター西箕輪診療所、老人保健施設「きりとう」、地域密着型特別養護老人ホーム「きりとう」開設
2017(平成29)年
新町病院と篠ノ井総合病院が南長野医療センターとして業務統合
2015(平成27)年
北アルプス医療センターあるぷすメンタルクリニック開設
富士見高原医療福祉センター両小野診療所開設
2014(平成26)年
佐久総合病院佐久医療センター開設
富士見高原医療福祉センター特別養護老人ホーム「恋月荘」開設
2013(平成25)年
佐久総合病院美里分院閉院
旧美里分院に佐久総合病院老人保健施設移転
2012(平成24)年
富士見高原医療福祉センター老人保健施設「みづうみ」開設
富士見高原医療福祉センターみづうみ診療所開設
2011(平成23)年
富士見高原病院地域密着型特別養護老人ホーム「さくらの」開設
2010(平成22)年
リハビリテーションセンター鹿教湯病院分院閉院
鹿教湯三才山リハビリテーションセンター介護療養型老人保健施設「いずみの」開設
2009(平成21)年
富士見高原病院グループホーム「やまゆり」開設
2008(平成20)年
小諸厚生総合病院附属美里診療所開設
富士見高原病院附属みすず診療所開設
2007(平成19)年
長野PET・画像診断センター開設
長野松代総合病院附属若穂病院開設
2006(平成18)年
富士見高原病院老人保健施設「さくらの」開設
長野松代総合病院附属ちくま診療所開設
安曇総合病院附属メンタルケアセンターあずみ開設
2005(平成17)年
北信総合病院附属北信州診療所開設
リハビリテーションセンター鹿教湯病院と鹿教湯三才山病院が鹿教湯三才山リハビリテーションセンターとして統合
2004(平成16)年
富士見高原病院附属中新田診療所開設
2003(平成15)年
佐久総合病院小海分院開設
リハビリテーションセンター鹿教湯病院附属豊殿診療所開設
富士見高原病院老人保健施設「すずたけ」開設
2001(平成13)年
佐久総合病院老人保健施設「こうみ」開設
佐久総合病院美里分院開設
「経営管理委員会」制度導入
2000(平成12)年
JR小海駅舎内に佐久総合病院付属小海診療所移転
1998(平成10)年
富士見高原病院老人保健施設「あららぎ」開設
「JA長野厚生連理念」を制定
1996(平成8)年
北信総合病院老人保健施設「もえぎ」開設
リハビリテーションセンター鹿教湯病院分院開設
1994(平成6)年
社会福祉法人ジェイエー長野会を設立
1993(平成5)年
安曇病院附属白馬診療所開設(9月安曇総合病院附属白馬診療所として改称)
1991(平成3)年
小諸厚生総合病院老人保健施設「こまくさ」開設
1989(平成元)年
鹿教湯三才山病院開設
1987(昭和62)年
国のモデル事業で佐久総合病院に病院併設型の「老人保健施設」を開設
1986(昭和61)年
下伊那診療所開設(1999年下伊那厚生病院と改称)
1981(昭和56)年
富士見高原病院開設(2012年富士見高原医療福祉センターと改称)
1980(昭和55)年
佐久総合病院小諸分院が小諸厚生病院として改称
(1986年小諸厚生総合病院と改称、2017年浅間南麓こもろ医療センターと改称・移転)
1973(昭和48)年
健康管理センター開設
第1回アジア農村医学会議を佐久総合病院で開催
1967(昭和42)年
篠ノ井病院開設(1984年篠ノ井総合病院と改称・2017年南長野医療センター篠ノ井総合病院と改称)
1962(昭和37)年
新町病院開設(2017年南長野医療センター新町病院と改称)
1961(昭和36)年
第1回農村医学夏季大学講座開講
1960(昭和35)年
佐久総合病院小諸分院開設
佐久総合病院附属高等看護学院開設(1977年佐久総合病院看護専門学校と改称)
1959(昭和34)年
鹿教湯温泉で集団保養開始
佐久総合病院による八千穂村全村健康管理開始
1956(昭和31)年
鹿教湯温泉療養所開設(1974年リハビリテーションセンター鹿教湯病院と改称)
1954(昭和29)年
佐久病院付属小海村診療所開設(1956年佐久病院付属小海町診療所と改称)
1952(昭和27)年
松代病院開設(1995年長野松代総合病院と改称)
1950(昭和25)年
安曇病院開設(1993年安曇総合病院と改称、2015年北アルプス医療センターあづみ病院と改称)
長野県厚生農業協同組合連合会発足
1947(昭和22)年
県農業会安曇診療所開設
1945(昭和20)年
県農業会北信病院開設(1958年北信総合病院と改称)
1944(昭和19)年
県農業会佐久病院開設(1955年佐久総合病院と改称)
1943(昭和18)年
長野県農業会設立。昭和病院は県農業会に移譲
1934(昭和9)年
組合立昭和病院開設
1933(昭和8)年
上伊那南部病院組合11村の産業組合による有限責任購買利用組合昭和病院設立許可

アクセス

お車でお越しの場合

上信越自動車道
長野I.C.から善光寺・長野県庁方面へ約20分
須坂長野東I.C.から善光寺・長野県庁方面へ約30分

鉄道でお越しの場合

JR在来各線・しなの鉄道・新幹線・長野電鉄線
長野駅下車、善光寺口から徒歩約15分
長野駅善光寺口バス乗り場1番から
善光寺方面バス『かるかや山前』下車徒歩5分

バスでお越しの場合

高速バス
大町線・白馬線・新宿線・大阪線…『長野駅』下車徒歩15分
池袋線・新潟線…『長野駅前』下車徒歩15分
その他高速バス…『昭和通り』下車徒歩5分
一般路線
川中島バス・長電バス…『かるかや山前』下車徒歩5分